『エンジニアリングの真髄―なぜ科学だけでは地球規模の危機を解決できないのか』 ヘンリー・ペトロスキー(著) 安原和見(訳) 20143月 筑摩書房

 

 

 原書は英語版の「The Essential EngineerWhy Science Alone Will Not Solve Our Global Problems」。一部、英語にちょっと読み辛いところもあるが、原文で読むのもよいだろう。

 

 さてエンジニア、日本語で言えば技師(技術屋)。エンジニアリングならば工学ということになる。これに対してサイエンティスト、すなわち科学者。そしてサイエンスは科学。

 

冒頭に著者が書いているが、何となくサイエンスは高尚で、エンジニアリングはその下くらいのイメージがある。月に到達したアポロ宇宙船は「これぞ科学の勝利」と讃えてくれたが、「これぞ工学の勝利」とは言われなかった。でも、宇宙船を作ること、ロケットを打ち上げること、月への軌道に制御することなど、全て工学の分野である。何となく工学は割を食っているようにも見える。

 

 著者は科学と工学の定義を明確にしてくれた。科学は問題の原因を解明すること。これに対して、工学は問題を解決する具体策を提示することである。つまり、科学は理屈を明らかにしてくれるが、問題を解決してくれる訳ではないということだ。

 

 研究開発。研究は基礎理論を解明すること。開発は実際にモノを作り出すこと。その昔は、基礎研究があって、その後に開発という仕事が繋がるという発想であった。確かに20世紀初頭にはそんな枠組みであった。

 

しかし、今やその様な型にはまってはいない。企業の論理で言えば、基礎原理が明らかでなくても、製品となるモノを開発することが第一になる。その課程で、「なぜそうなるのだろう」という疑問から研究が発生することもある。つまり開発の後に研究が生まれることがある。

 

 ところでノーベル賞という世界で最も権威の高い賞がある。対象は物理学、化学、生理学・医学、文学、平和、経済学の6分野である。工学はない。

 

そもそもノーベルは科学を対象に賞を与えることをイメージしていたようであり、当初は科学者が受賞していた。その後、工学で顕著な業績を残した人も含まれるようになったが、ご存じのように物理学か化学の分野に分類される。例えば、化学賞の田中耕一さんは質量分析技術の開発で受賞したし、物理学賞の中村修二さんは高輝度青色発光ダイオードの発明によるものである。両者共に工学の分野である。

 

 エンジニアリングの目的は何だろうか?日々の暮らしをより安全に、より快適に、そしてより豊かにすることだろう。しかし、過去の歴史を見てみれば、その目的の達成とは裏腹に、副作用として新たな問題も引き起こした。産業革命によって人の生活は一気に豊かになったが、公害を発生させた。そして、今一番の問題は二酸化炭素の上昇と地球温暖化問題である。

 

 多分これからの人類にとって、地球規模の問題への対応が一番重要になるのだろう。これはまさに工学に求められる大きな使命である。しかし、その解決に工学だけでは対応できない。科学、政治、社会、経済と様々な分野の学問が連携しなければ、対策は取れない(今年、パリで開かれたCOP21の交渉の流れを見ても、それが分かるだろう)。

 

 工学(技術屋)に纏わるそんな話、こんな話をエッセイ風に書き綴った本である。お勧めの一冊。

 

 

 

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