『欲望と幻想のドル』 クレイグ・カーミン著 20108月 日本経済新聞出版社

 

 

昨今の円高を切実に感じる日本にとっては、ドルはもはや凋落した通貨としか思えないが、国際経済の世界では、依然として一番信用力のある決済通貨である。ドルの発行残高の3分の2が海外で保有されていることがそれを物語る。

 

一時は、国際通貨としてユーロがドルに取って代わるかとも見えたが、今やユーロの下落の方がもっと深刻である。ギリシアの財政破綻がスペイン、ポルトガル、イタリアに飛び火し、それを独仏が支えるという状況は、金融政策が通用しない多国間協定の上で成立した通貨の弱点をさらけ出すものとなった。

 

日米欧という先進国の経済の落ち込みを支えるのは、新興国、とりわけ中国の経済成長である。とはいうものの、中国元が国際通貨に変わるには、後、数十年はかかるであろう。そもそも、付加価値生産の半分を再投資に回すという中国の経済成長モデルがいつまでも続くとも思えない。

 

そして、今や各国通貨に対して独歩高となっている日本円。かつては円を国際通貨になどと宣った日本の官僚がいた時代もあったが、長期経済停滞に対応できない日本では、円が余剰資金のとりあえずの逃避先となることはあっても、国際通貨としてはほとんど蚊帳の外である。

 

結局のところ、米国の財政赤字も対外債務も深刻ではあるが、ドル紙幣を印刷できるのは米国だけである。例え、その価値が下がろうとも、自国以外で流通する紙幣の数が国内を圧倒的に凌駕する通貨は、今のところドルをおいて他にはない。ユーロが多国間の信用と協定で発効する共通通貨の最大の弱点を教えてくれたように、ドルの覇権を越える決済通貨は、ここ当分考えられない。

 

 本書は、経済書と言うよりもエッセイといった内容である。ちょっと残念なのは、原本が書かれたのがリーマンショック前であり、直近での通貨の混乱に振れていない点であるであるが、ドルの覇権とニクソンショック以降の凋落に対する洞察として読むと、なかなか面白い。

 

 

 

この文章は、ビジネスネット書店「クリエイジ」の201257日の書評として掲載したものです。<http://www.creage.ne.jp/>

 

 

 

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