『亡国の密約 TPPはなぜ歪められたか』 山田優 石井勇人 20166月 新潮社

 

 

記述の大半は、農業の市場開放を巡るこれまでの政治力学、とりわけウルグアイラウンドから現在に至るまでの米の自由化を巡る国内政治の駆け引きとその裏舞台を解説することに割かれている。

 

本の題名にTPPという言葉はあるが、むしろ農政議員、農協全中、そして農水省役人の利権構造の仕組みを説明することに重点が置かれる。

 

日本政府がアメリカと農業交渉を進めるなかで、関税障壁を守りつつ、その一方でミニマムアクセスの設定を通してアメリカを優遇することで如何に摩擦を回避してきたか、その裏の仕組みがなかなか面白い。裏の仕組みとは、アメリカだけにはミニマムアクセス米の輸入量を保証するという密約である。

 

一方、TPP交渉を成功させるために、農業ロビーに対抗して安倍政権が取った政治の駆け引き、そして交渉にあたった甘利担当相の動き、さらにはアメリカ側の政治事情については、新聞や雑誌をよく読んでいる人ならば大方知りうる事柄である。確かに事の流れはよく解説してあるが、「これは」と思わせるほど踏み込んだ分析というほどではない。

 

そんなわけで、前半で詳しく洞察した農業の自由化問題と後半のTPPの日米交渉の話との間で、読んでいて少々不連続な印象を受けるが、これは筆者が異なるためである。

 

終章のまとめで、TPPを巡るアメリカのしたたかさを強調しているが、これは当たり前の話である。

 

そもそも、TPPとは国境を越えて環太平洋で統合した市場を作り、自由貿易の標準ルールを決めようというものである。各国はTPPという仕組みを使って自国の経済と他国に対して優位性を持つ産業の発展を画策するのであるから当たり前である。アメリカをしたたかというのであれば、日本にはそのしたたかさが無いにすぎない。

 

ちょっと気になるのは、著者は、TPPを通してアメリカが優位な製薬産業が日本の医療制度を使って高額な新薬(C型肝炎治療薬や抗がん剤)を売り込むことに危惧を示しているが、その意図がよく分からない。

 

高額な新薬への保険の適用が健康保険の赤字を拡大することが問題なのか(もしそうならば、高額な新薬には保険を適用するなと言いたいのか)、あるいは新薬の販売がアメリカの会社だから問題なのか(もし日本の製薬会社だったら、高額でも構わないと言いたいのか)、論点が定まっていない。

 

アメリカの強い産業が日本市場に進出することは日本の利益にならないという主張にも見える。それでは農業ロビーの主張と大差なくなってしまう。

 

 

 

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