『南シナ海−−アジアの覇権をめぐる闘争史』 ビル・ヘイトン(著) 安原和見(訳) 201512 河出書房新社

 

 

 原本は、『South China SeaThe Struggle for Power in Asia』。アマゾンならば、和訳より1400円ほど安いペーパーバックがある。

 

 ジャーナリストらしく、南シナ海の古代史から現在のASEAN近隣諸国との紛争に至るまでの歴史的事実を細かに調べている。また、国際法に基づく海洋の領土権の解釈と、中国の領土主張のロジックとその変遷についても細かい記述がある。

 

 「結束」という建て前とは裏腹に、こと中国との間の海洋紛争について、ASEANはまったく参加国の意見を纏められない。とりわけ中国が援助する多額の資金だけが経済成長の源であるカンボジアには、中国の利権を否定するASEAN共同コミュニケの文言には一切同意できないという内情がある。

 

一方。中国と領土権を争うフィリピンには、経済的かつ軍事的に対抗するだけの力が全くない。さらにフィリピンが提訴したハーグの仲裁裁判所は中国が主張する九段線の歴史的領土権を否定したものの、それを実行させる力がない。

 

 中国が頑なかつ強引に領土権を主張する背景には、幾つかの理由がある。

 

石油・天然ガスといった海洋資源の獲得、水産資源の獲得、さらには太平洋とインド洋に出入りする中国にとっての安全保障の確保だけではない。これまで中国政府は領土権が自明の如く国民を教育してきたがゆえに、もし政府が領土権で近隣諸国に妥協すれば、国民の間から政府を非難する声が沸き起こることは明らかで、そんな反発を今更抑えられない。

 

このような事情は、領土を守ることが使命と脳みそに刷り込まれてきた軍人達に対しても同様になりつつある。つまり、領土問題での妥協は、共産党政府の正当性を揺るがすことになりかねない。

 

 唯一、軍艦による「航行の自由作戦力」の実施で、中国のごり押しに対抗できるのは米国だけである。一方、中国も海軍力を増強することで、米国に対抗している。それゆえに、中国の軍人が暴走することで、南シナ海を巡る緊張が一気に危機的崩壊に変わることすらあり得る。

 

 最後に著者ビル・ヘイトンが言うように、南シナ海の問題を解決するには、関係国の共同開発の仕組みを作ることであろうが、短期的将来において、中国が覇権主義的な行動を止め、多国間合意の枠組みに合意する可能性は低いだろう。

 

 

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