『新・観光立国論イギリス人アナリストが提言する21世紀の「所得倍増計画」』 ディービッド・アトキンス 20156月 東洋経済新報社

 

 

 著者はイギリス人ではあるが、在日25年の日本の歴史と文化を深く理解した方である。多分、並の日本人以上にである。ゴールドマン・サックスのアナリストからパートナーにまで登りつめ、現在、国宝・重要文化財の補修を手がける小西美術工藝社の社長を務める。因みに茶道にも造詣が深く、裏千家茶名「宗真」を拝受している。

 

 元アナリストという経歴からか、経済成長という視点で観光論に切り込む。

 

少子高齢化のなか、何となく日本の将来には暗さが付きまとう。安倍首相がGDP600兆円達成を目標にとは言うが、現実にある人口の減少、老齢化という流れはいかんともし難い。一億総活躍社会とかけ声は勇ましいが、国の成長戦略としての具体性で疑問符が付く。

 

 人口問題を考えれば移民を真面目に考えなければならないものの、日本では移民受入への抵抗が余りにも強く、実現は難しい。

 

アトキンス氏が提案するのは、それならば短期移民で人口の老齢化と経済の落ち込みを支えれば良いというものである。短期移民と言っても、日本国内で働いて貰うのではない。観光客として来日し、金を落とし、国内のサービル分野の雇用を支えて貰おうというものである。

 

 日本は海外からの観光客の数が2015年に1300万人を超えたと喜んでいるが、国際的な比較で見る限り相当低い水準に留まっている。そもそも観光産業は全世界の平均で見ればGDP9%を占めている。先進国の比較で言えば、その比率は米国1.2%、フランス2.3%、イギリス1.7%、イタリア2.2%、オーストラリア2.3%。一方、日本は0.4%と一目瞭然である。

 

 一方、観光大国になる条件は「気候」、「自然」、「文化」、「食事」の四つであり、日本は全てを満たしている。

 

因みに氏の母国であるイギリスは「自然」と「文化」でしか優位性はないが、国際観光客の数は3000万人を超え、自国の人口の半分に達する。フランスなどは6600万人の人口に対して国際観光客8500万人、米国が32000万人に対して7000万人が訪れている。

 

そんな数字を基に日本の観光立国論を提言すれば、2030年に8200万人の来日観光客を目指すべきと氏は言う。

 

 つまり四つの条件を満たしている日本の観光産業が今の低い水準に留まっているのは、マーケティング、観光インフラの整備、サービスの提供が全く出来ていないからと言う。日本人は「おもてなし」、「安全」、「清潔」、「時間の正確さ」と自画自賛しているが、それだけで観光客は来てくれない。それは日本へ観光に来て知った驚きかもしれないが、数10万円の大枚を飛行機代に払って日本に来る目的にはならない。はい、おっしゃるとおりです。

 

 観光立国達成のために、日本が準備すべきことは幾らでもあると言う。

 

日本に長期滞在して金を落としてくれる上客をいかに満足させ、繰り返し日本に来たいと思わせるかが鍵である。

 

日本の現状は、中国、韓国、台湾、東南アジアからの短期観光客が主体であり、彼らに日本の文化や歴史を楽しむという関心は低い。一方、たっぷりとお金を落としてくれる上客となるはずの日本に長期滞在し、日本の歴史や文化を堪能したいという欧米先進国からの観光客はまだ少ない。

 

この点で「おもてなし」はある意味日本人の自己満足、供給者側の押しつけでしかなく、彼らを訪日に走らせるわけではない。金を払うのは客である。客の要求に応え、それをしっかりとお勘定に含めて請求するのが観光サービスである

 

 氏が京都で文化財の補修というビジネスに携わっているからだろう。日本の文化財に対して、もっと維持管理に金を使うべきであると言う。

 

政府予算もそうであるが、観光客から料金を徴収し、それに充てるべきである。そのために、文化財のいわれやその歴史、どのようにしてそれが作られたかを案内するガイドブック、オーディオ設備、ガイド人を整備し、それを有償で提供すべきとも提言する(先進国ではそれは当たり前であり、文化や歴史を知りたいために来日する観光客はそれが当然の行為と理解している)。

 

 外国人からこのような指摘を受けるのは、何やらばつの悪さはあるが、どれをとっても正論である。

 

直近で言えば、中国からの爆買い観光客の経済効果で世の中浮かれているが、ユニクロや炊飯器の買い物目当ての観光客が後5年続くとは思えない。一泊数十万円、あるいは数百万円の超高級ホテルに長期滞在し、しっかりとお金を落としてくれる観光客を呼び込むのが観光立国というものである。

 

 多くの観光客が来日すれば、日本人が迷惑と思う振る舞いをする輩も来るだろう。しかし、それはお金を落とす客を迎えるための負担であり、ビジネスの負担と考えるべきという指摘は重みがある。「おもてなし」という奉仕の心だけで観光産業を発展させることはできないし、日本人のストレスもたまるということだろう。

 

 

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