『日露戦争史』 半藤一利著 20126月 平凡社

 

 

「昭和史」に続く、半藤さんによる久々の歴史書である。日露戦争の勝利により、日本が初めて欧米先進国と対等の地位を得たことは、歴史の授業で習うが、当時の日本にとって、その戦いがきわめて危ういものであったことまでは、余り教えてくれない。

 

日本の多くの人々は、日露戦争は大勝利と思っているが、実態はかろうじて切り抜けたというべきものであった。

 

戦争終結のための米国大統領の仲介がなく、そしてロシア国内の社会主義革命という動きがなかったら、当時の日本には、それ以上戦争を続ける軍事力、財政能力はなかった。そもそも開戦に至るまでも、当時の政府には日露の国力に雲泥の差のあることがよく分かっていた。

 

それが故に、元老伊藤博文は最後まで非戦論に固執した。伊藤の頭の中には、戦争を始めることは簡単であるが、それを終わらせることは至難の技であるという、冷静な政治家の判断が常にあった。

 

一番怖いことは、単なる激情に駆られて戦争を始め、国を滅ぼすという国家最大の過ちである。

 

実は、当時、戦争をやれやれと一番騒ぎ立てたのは国民、一般大衆であり、新聞もこれを煽った。政府の煮え切らない態度に対して、付和雷同となった民衆があちらこちらで焼き討ちを起こしかねない状況にあった。「戦争だ、戦争だ」と沸騰する世論を押さえ、ギリギリまでの和平交渉を続け、国の実力を常に見据えようとした明治の政治家と軍の対応は、後先を考えず無謀な戦争に走った昭和の軍人達とは雲泥の差である。

 

そしてこの本では、日露戦争で名将と謳われた乃木大将が、本当に優秀なリーダーであったかという話にも及ぶ。

 

乃木大将率いる陸軍には、近代戦に対応した強固な旅順要塞を攻めることへの事前の知識が全く欠如していた。机上の戦術しか知らない陸軍大学出の秀才参謀達は、闇雲に正面から兵をぶつければ、日清戦争の時のように、旅順を数日で陥落させることが出来るとしか考えなかった。結局、旅順要塞を落とすまでに死傷者74800人という多大な代償を払った。まさに死屍累々である。

 

 かつての名将の典型が、現在は愚将、凡将ともいわれ、無能の将軍にすらなっている。

 

このあたりの評価は分かれているが、半藤さんは、乃木大将が3年間軍務を離れていた後、いきなり旅順攻めの第三軍の大将に抜擢されたことに原因があると言う。彼は軍人としての人望はあったが、3年間の空白の間に軍事技術は飛躍的に進歩し、乃木はそれに通じていない時代遅れの将軍になっていたと断ずる。

 

 なお、本書は全3巻からなるが、第3巻(完結編)はまだ出ていない。半藤さんは今年末か、年明けの出版を予定するという。

 

 

 

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