『ポジティブ病の国、アメリカ』 バーバラ・エーレンライク著
中島由華訳 2010年4月 河出書房新社
ステレオタイプのアメリカ人像とは、明るく、微笑みながら、前向きに物事を捉え、努力する人たち、といったところであろうか。アメリカ人に対して、彼らは物事を深刻に考え過ぎるし、物事を悪く悪く解釈する、という暗いイメージを持つ人はまずいないだろう。
そんな意味で、物事をポジティブに捉える生き方というのは褒め言葉のように聞こえるが、この書は「ポジティブ・シンキングが暴走しすぎていることがアメリカの問題である」というバーバラ女史の批判である。
アメリカ社会には、日本に比べれば遙かに宗教的な背景が根強く残っている。このポジティブ・シンキングも、もとを辿れば「人間の繁栄は神の望むところであり、繁栄のためには悲惨な話しには目を向けず、常に前向きに物事を考えなさい」と説いた導師たちの教えにたどり着くというくだりは、なかなか面白い。
さらに、そのポジティブ・シンキングをネタにして、コーチングという商売に結びつけ、企業に売り込むことで、牧師を含めて、しこたま金を儲けた人たちがいる、というのもアメリカ的なところであろう。
企業経営者は、このポジティブ・シンキングを取り入れることで、業績不振を乗り越えようと、社員を叱咤激励した。「さあ、もっと努力しよう。自己啓発に励み、スキルを上げ、もっと金を稼ごう」と。そして、「ネガティブなことばかり考えている奴は脱落するぞ」と社員の尻を叩いた。
このポジティブ・シンキングに染まったなれの果てが、プライム・ローンによる低所得者層の破産であり、それを商売にして儲けようとして会社を潰したノンバンク、その典型がリーマン・ブラザースである、というわけだ。
このあたりの話しになると、アメリカどころか、日本にも結構当てはまっていると思うのは、私だけではあるまい。そう言えば、日本でも「チーズはどこへ消えた?」「金持ち父さん貧乏父さん」といった本がベストセラーになった事を思い出す。
素晴らしい未来を常に信じることはよいが、足下もしっかり見なさいという言葉につきる。
この文章は、ビジネスネット書店「クリエイジ」の2010年12 月13日の書評として掲載したものです。<http://www.creage.ne.jp/>