『太平洋の試練』 イアン・トール著 村上和久訳 20136月 文藝春秋社

 

 

主人公は、日本海軍連合艦隊司令長官の山本五十六、そしてアメリカ太海軍平洋艦隊司令長官チェスター・ニミッツの二人である。太平洋戦争に突入するまでの日米の政治情勢、そして両軍内部で繰り広げられる内部抗争も含めて、話は臨場感を持って進んでいく。

 

ここで描かれる山本五十六のイメージは、多くの日本人が頭の中に描いているものとは少し違う。

 

山本は、戦争を最後まで回避することを望み、それが不可能と分かった時点で自ら連合艦隊の陣頭に立って日米短期決戦を望んだものの、結果はその意思に反するものとなった。つまり、歴史は彼の思いと逆方向に向かって進んでいった。

 

この点はこの本も同じであるが、彼の人となりについての捉え方が少々異なる。山本は、私生活では妻ではなく、新橋の芸者に情を移していた。つまり、必ずしも家庭を大事にする人ではなかったと描いている。もう一つは、非常に賭け事が好きで、戦いにもそれが出ていた。つまり奇略や大勝負を好んだという点である。

 

さらに、山本は意見の違う相手とぶつかった場合には、議論を止めてしまうという傾向があったとも言われる。真珠湾攻撃とミッドウェイ海戦の決断では、もし自分の作戦が受け入れられないならば、司令長官としての職を辞すと言い、強引に反対意見を押し切った。

 

さて、当時の戦況である。真珠湾攻撃からミッドウェイ海戦までの半年間は、日本軍が質と量共に米軍を凌いでいた。何せ、たまたま湾から離れていた空母を除けば、米軍の太平洋艦隊は真珠湾攻撃で壊滅的な打撃を受けていたのだから。とりわけパイロットの練度は日本軍が大きく上回っていた。

 

ところが、日本軍の欠点は、相手の能力を過小評価し、常に自らの都合のよいシナリオに基づいて作戦を実行したことにつきる。それ故に無理な用兵に陥り、ミッドウェイで自ら墓穴を掘ることになる。

 

一方、対する米軍は劣勢にある兵力を情報で補うことに力を注いだ。

 

その結果、ミッドウェイ開戦直前までに、相当量の暗号通信を解読し、日本軍の手の内を読むことに成功した。そして、ミッドウェイでは全ての兵力を日本軍の空母を沈めることに集中した。

 

その結果は、明らかであった。日本海軍は大型空母の全てと多数の艦載機を失い、米軍に対して劣勢に回る。さらにその後の戦いでは、両軍の力の差はますます拡大していった。

 

太平洋戦争の戦記物は他にも幾つかの本が出ているが、この本の面白さは、真珠湾攻撃からミッドウェイ海戦に至る開戦後半年間の流れを両国の政治の場では何が起きていたのか、そして両軍の内部ではどのような葛藤が起きていたのか、それを米国の歴史家の目で詳細に捉えた点にある。

 

 

 

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