『年収は「住むところ」で決まる』 エンリコ・モレッティ著 安田洋祐解説 池村千秋訳 20144月 プレジデント社

 

 

 題名が少々軽いので、テレビでお馴染みの怪しげなエコノミストの著書と思われるかもしれないが、これはカリフォルニア大学バークレー校の教授、つまり立派な経済学者が書いた本である。因みに原本のタイトルは「The New Geography of Jobs」。

 

 要点はこんなところだろう。米国や日本のような先進国がこれからも繁栄を続けていくためには、イノベーション産業を成長させていくしかない。

 

一方、旧来型の製造業は付加価値の低い産業であり、人件費勝負の発展途上国に敵うはずはないし、競争すべきでもない。頭脳集約型の産業が根付けば、取り立てて技能を持たないに人達に対しても新たな雇用機会を生み出す。そして、米国はイノベーション産業の成長に最も有利な条件を備えている。

 

 とまあ、こんな話をモレッティ先生が経済学的な研究成果を踏まえて説明してくれる。

 

 イノベーション産業とはハイテク産業のことであり、情報通信やバイオ産業が代表的である。そして、映画産業や金融業もその範疇に入るのだろう。これらのイノベーション産業は乗数効果が大きく、その分野の高度な専門性を持つ人々の雇用に加え、その地域のサービスを支える低い技能しか持たない人達に対しても雇用も生み出す。

 

 大枠は、これまでにも言われてきた話であり、日本人にもそれほど驚きはない事のようにも見えるが、踏み込んだ話となると必ずしもそうではない。

 

なぜカリフォルニアにはシリコンバレーが出来て、なぜ日本にはそれがないのだろうか?シアトルにマイクロソフトやグーグルがあっても、なぜ日本にはないのだろうか?

 

 そういえば1980年代のことだろうか、日本ではシリコンバレーに倣って、九州をシリコンアイランドと呼んだこともあったが、今やそれを覚えている人もほとんどいないだろう。シリコンバレーとシリコンアイランドの決定的な違いは、前者が知識集約型の産業であるのに対して、後者が電子部品の製造業でしかなかったことである。

 

イノベーティブな産業とは、新しいアイディア、新しい製品、新しい技術、そして事業展開の道筋を考え出すことである。極めて人の能力に依存する労働集約的な産業である。

 

 経済活動がグローバル化する中で、イノベーション産業は逆にローカル化する。

 

イノベーションハブに行けば知識の伝播が格段にあり、優秀な人にはより高い報酬を手にするチャンスがある。つまり、優秀な企業と人材が集まる場所には、さらに優秀な人材が集まる。そんな社会では、高い報酬を手にする専門性の高い人達はより質の高いサービスを求める。

 

その結果、レストランのウェーターや建物のメインテナンスをする配管工にとってもより高い給与を手にするチャンスが増える。このあたりの話も、全米の都市を比較することで、学術的な裏付けを持って説明してくれる。

 

 もう一つ重要な点は、米国では高等教育を受けた優秀な移民がイノベーション産業を引っ張っているという事実である。

 

確かに、シリコンバレーに行けば、多くの優秀なインド人や中国人が活躍している。雇う側も同僚も、国籍や人種など気にもしない。そもそもアップルのスティーブ・ジョブズ、グーグルのサーゲイ・プリン、ヤフーのジェリー・ヤンは移民や移民の子供達である。著者のモレティ氏もイタリアからの移民である。

 

 一方、1980年代にハイテク市場を席巻していた日本がその地位から滑り落ちたのは、政治的、社会的、言語的な障壁によってグローバルな人材を日本に集めることが出来なかった事にある。

 

少子高齢化のなかで、移民の受入が政治的な議論になろうとしているが、日本では不足する若年労働者の代替、あるいは3K産業での労働力の確保にしか目が行っていない。ひょっとすると、後、数十年もしたら、グローバル経済の中で日本は米国のデトロイトになっているのかもしれない(かつて自動車産業の街として栄えたデトロイトは、イノベーションがないまま、今や犯罪と貧困だけが残る破産した自治体になってしまった)。

 

 

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