『モスクワ攻防戦−20世紀を決した史上最大の戦闘』 アンドリュー・ナゴルスキ著 津守京子訳 20105月 作品社

 

 

本の帯には「歴史を創るのは、勝者と敗者ではない・・・愚者である」とある。

 

独ソ戦には、旧ソ連の秘密主義により、国にとって望ましくないことは歴史から抹消され、秘密のベールに覆われた部分が多い。今更言うまでもなく、ナチスとソ連赤軍の戦いは、ファシストと社会主義人民との戦いなどという単純なものではなく、ヒットラーとスターリンという二人の独裁者の野望と愚かさを示す戦争であった。

 

モスクワの攻防には、独ソ併せて700万人の将兵が参戦し、250万人が戦病死した。二人の独裁者により、余りにも多くの命が失われた。ソ連側の死者の数は、ドイツ側を遙かに超え、その中には、味方の手によって殺された者が少なからずいた。

 

戦いの裏で、ヒットラーは彼の戦略に異を唱える将軍たちを軍務から退け、スターリンはその意志に背く者を次々と粛清して行った。

 

寒さと飢えという極限状態の下で行われたこの悲惨な戦いは、ヨーロッパ戦線の流れを大きく変えた。

 

チャーチルやルーズベルトはスターリンに振り回され、日本の軍部はヨーロッパの動きを読むことができなかった。ソ連のスパイであったゾルゲは日本の対ソ参戦の可能性を探り、彼の情報により、スターリンは対ドイツ戦の勝敗を左右する大きな決断を行った——「日本はソ連を攻撃しない。シベリヤ兵を対独戦線に移動できる」と。

 

この本の面白さは、歴史を物語風に仕立て、かつ著者が多くの人にインタビューを行い、背後にいた政治家たちの駆け引き、戦いに参加した将兵の苦悩、戦火に巻き込まれた庶民の声、行動が生き生きと描かれている点にある。

 

そして、ファシズムあるいは旧ソ連の不条理を非難することが、著者の目的ではない。二人の愚者により、民間人を含めるとドイツで600万人、ソ連では2,0003,000万人の命が奪われていった史実の一端を正確に残すことにその目的がある。わずか半世紀ちょっと前の話である。

 

 

この文章は、ビジネスネット書店「クリエイジ」の20113 14日の書評として掲載したものです。<http://www.creage.ne.jp/>

 

 

 

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