『メルトダウン−ドキュメント福島第一原発事故』 大鹿靖明著 20121月 講談社

 

 

この7月、国会事故調査委員会は報告書を提出したが、その序論が英文と和文で異なる。この点が海外のメディアに指摘され、委員会に対する非難が沸き起こるという一幕があった。英文にある「事故の根本原因が日本人に染みついた慣習や文化にある」という下りが、和文にないことがその発端であった。

 

同じく海外からは、習慣や文化がどうのこうのと懺悔する前に、そもそも誰に事故責任があったかを明確にすべきであるという本質論が出ている。まさにそのとおり。事故責任は明らかである。事業者である東京電力と、原子力促進と規制機関の二足のわらじを都合よく履き分けてきた経済産業省にある。

 

確かに、賠償費用は東電が支払う仕組みにはなったが、事故責任は曖昧なままである。世の中の議論は、東電が申請した電気料金値上げのなかで、設定した給与水準が高すぎるという問題にまで矮小化してしまった。

 

前置きが長くなったが、著者はジャーナリストであり、徹底した現場の取材を元に、事故後の出来事を事細かにまとめ上げた。その時々の緊張した雰囲気が伝わってくる。

 

事故現場の吉田所長を除けば、上の顔色ばかり窺い、判断ができない東電本店の狼狽ぶり。その一方で、東電が政府に送ったという情報がなかなか官邸に上がってこないことにイライラする菅首相。このような混乱が続くなか、官邸が東電に抱くこの上もない不信感。そして東電、とりわけ勝俣会長の心にふつふつと沸き起こる政府に対する憎悪の念。

 

一方、政治の場では、この国難とも言える未曾有の最中に、政治の主導権争いが起き始める。自民党はこの大惨事を捉えて民主党政府の打倒を画策し、民主党内部では、菅首相を引きずり下ろしたい小沢、鳩山両派が不穏な動きを取り始める。

 

原子力どころか、根本となるエネルギー行政の抜本的見直しは避けられないなか、官庁間の駆け引きも活発化する。

 

政府の賠償負担を減らしたい財務省、既得権益に大幅なメスが入ることは避けられない経済産業省、かつて経産省からは植民地と蔑まされていたが、保安院の受け入れ先となったことで急速にその存在感を増していく環境省。既得権益をいかに守り、出来れば事故を機会に次の権益を手にし、そして事故責任をいかにしてくぐり抜けるかが、役所の最大の関心事となる。

 

フクシマ事故は、日本の原子力推進体制がいかにいい加減なものであったかを暴いたばかりでなく、危機対応能力と判断能力が完全に欠如した電力経営者、頭の中には省益拡大と保身しかない霞ヶ関のエリート官僚、事故の収束よりも政権の座を狙うことの方が重要な与野党の政治家達の姿を白日の下に晒してくれた。

 

 

 

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