『原発放浪記』 川上武志著20119月 宝島社

 

 

原発問題が決して他人事でないことを思い知らされたのは、私ばかりではあるまい。事故から10か月が過ぎても、福島の住民が被った苦しみや、脱原発か原発依存かといった議論が新聞に載らない日は殆どない。

 

しかし、これまで、原発の敷地中で現場の労働者がどのような仕事をしているのか、そして彼らの作業環境がどのようなものであるのか、世に知られる機会はほとんどなかった。いわば、人々の話題に上ることもなく、社会の隅に置き去られてきた世界である。

 

もっぱら原発内部の現場作業に携わるのは、電力会社の職員ではなく、子会社、下請け、孫請け、さらにその下で働く臨時雇いの人たちである。とりわけ被曝の危険性が大きくなるほど、ピラミッドの底辺に位置する下請け労働者へと、作業が落ちていく。

 

被曝量と日当いくらの賃金を天秤にかけながら、各地の原発現場を渡り歩いていくのが原発下請け労働者である。

 

現場では、被曝量が上限に達することを避けるため、線量計を身体から外し、計測値を誤魔化すという行為も行われてきた。仕事から外されることを嫌って、自らそうする者もいれば、監督からそのように求められることもあるという。現在事故処理作業中のフクシマの現場でも、同じことが起きている。海江田前経産相がこれを「勇気のある人」、「日本人の誇り」と発言したことで問題化した。

 

現場の作業に入る前の安全講習会では、電力会社の講師から「低量の被曝は健康によいとの学説がある」とも聞かされて、現場の労働者はこれを「福音」のごとく信じていたという。その中の何人かは、老後となって、癌を発病し、死んでいった。この低量な被曝は健康によいという話は、東電で副社長を勤めた後、政界に入った加納時男元参議院議員がフクシマ事故直後に語った言葉でもある。

 

強者が弱者を従えるのは、世の習いなのかもしれない。しかし、一般人を巻き込む、事故被曝という話にまでなれば、そうは言っていられない。

 

これは、脱石油、地球温暖化対策の切り札のはずであった原発の陰の部分について、名を知られることもなかった一人の原発労働者が書いた半生記である。

 

 

この文章は、ビジネスネット書店「クリエイジ」の2012110日の書評として掲載したものです。<http://www.creage.ne.jp/>

 

 

 

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