円高、ドル安(2008/01/18)
サブプライム問題からアメリカの景気の先行きがおかしくなったことで、このところ円のドルに対する為替レートが上がってきている。とは言っても、ユーロに対しては、円もドルと同じく弱い通貨のままであることに変わりはない。
さて、世界の経済のなかで、日本の経済的な地位と円通貨がずり落ちてきているのは事実であろう。かつて、財務省の高官が「アジアにおける円通貨圏を確立する」、あるいは「円をドルに並ぶ基軸通貨として定着させる」などと発言した時代もあったが、いまやその面影は無い。円は単なる地域通貨に過ぎなくなりつつある。
日経新聞の朝刊に「円漂流私はこう見る」という連載記事があり、今朝もホテルのコーヒーショップで読んでいた。今朝の記事は東レの名誉会長へのインタビューであった。彼の意見を要約すれは、輸出を支えるために人為的にも円安に持って行くべきであるというものである。その理由は、日本は貿易立国であり、海外から輸入したものに付加価値を付けて輸出する。それが日本の経済を支えているからであるという。
彼は名誉会長であり、もはや実際の経営に関与しているわけではなかろうが、このような発想を持っている経営者(元経営者という方が正しい)がいるのにはちょっと驚いた。日本の国際収支は、もはやモノの輸出で支えられているわけではない。経常収支の中身を見れば分かるように、所得収支が貿易・サービス収支を圧倒的に上回って黒字を稼いでいる。今の日本はモノの輸出で外貨を稼いでいるというよりも、海外投資で生まれた利益の送金で稼いだ外貨の方が遙かに大きい(注)。今更ながらであるが、過去10年、20年の間に、日本の産業構造は急速にサービス分野に移行してきた。これからは、ますますそれが加速されるであろう。
(注) 2006年度の日本の経常収支は21兆1,538億円の黒字であった。うち、貿易・サービスによる黒字は8兆1,860億円(39%)、所得収支の黒字は14兆2,484億円(67%)であった(両者を足すと100%を超えるのは、移転収支で1兆2,429億円の赤字(6%のマイナス)があるため)。【出所:財務省貿易収支統計】
今の円相場を実感として捉えると、どんなものだろうか。私の経験で言えば、仕事でアフリカに行く際に、飛行機をつなぐためにヨーロッパで一泊する。アムステルダムを例に取れば、空港のホテルの値段は一泊150〜200ユーロ、円に直せば2万3,000〜3万2,000円くらいである。タクシーでスキポール空港からアムステルダム市内に行けば40〜50ユーロがかかる。これは6,400〜8,000円である。電車であっても4ユーロ、640円かかる。電車といっても20分ほど走るだけの各駅停車であり、決して成田エクスプレスのような立派な特急列車ではない。やはり1ユーロ=160円では生活実感に合わない。私にとっては、1ユーロ=120円くらいがせいぜい納得できる水準であろうか。
ドルについても同じである。1990年代前半、私がワシントンにいた当時は、150ドルくらい出せばヒルトンやシェラトンに泊まることができた。今や、安くても250ドルはする。300ドルを超えても当たり前になってしまった。あの当時の円相場は、今と余り変わらない100〜110円という水準にあった。現在の為替相場も110円くらいである。しかし、インフレを考慮すれば、今の1ドルは当時の価値に換算すれば80セントくらいでしかない。一方、日本ではバブル崩壊以降インフレがほとんど無かった。つまり、当時110円出さなければ買えなかった1ドル札の価値は、今や90円くらいの価値に下がっているということである。確かに、現在の為替レートが1ドル=90円ならば、アメリカの生活実感と合う。
話を戻すと、今の円安の原因は、日本のデフレが長く続き、異常な低金利が続いたために他ならない。いわゆるキャリートレードによるドル買いの結果にすぎない。使い古された言葉であるが、グローバル化が進むなかで、日本の経済も国際経済と一体化している。トヨタのような世界企業を見て分かるように、生産拠点を世界中に展開し、その地域の製造はその地域で行う。各生産拠点間で作られた部品や製品の相互流通は当たり前であり、インドネシア工場で作った車を日本に持ってこようという時代である。
いまさら日銀や日本政府が人為的に円安を誘導しようなどと考えるはずもないし、それができるわけでもない。なにせ、1日で数百兆円の規模で通貨の売買が行われるのだから、例え政府であろうが、資金的に不可能である。同じ日本の企業にとっても、円安が望ましい者もいれば、逆の立場にある者もいる。計画経済でもあるまいに、市場を歪めれば長期的にはその国の経済を壊すことになる(世界各国で起きた過去の通貨危機、政府財政の破綻、ハイパーインフレの事実がそれを示している)。
日本の経済を今後も豊かなものにし続けるには、国政経済のなかで考えていくしかない。日本の付加価値は、決してモノを造って輸出するだけではない。日本から海外への直接投資は今後もますます増えるであろう。また、そこで発生する利益(付加価値)は配当という形で日本に還元される。
老齢化していく日本の人口構成を考えれば、いつまでも貿易だけで食べていくことは、所詮無理なお話である。むしろ、日本が手にした巨額の資金(何せ、日本人が蓄えた資産額は1,400兆円に及ぶ)を使って、いかに利益を手にするかということも考えなければならない時代なのだ。
唯一の問題は、製造業には大きな雇用効果があるが、産業がサービス化することで雇用の構造が大きく変化することであろう。すでに社会問題化している格差問題で分かるように、グローバル化によりそれほど高い能力を必要としない職業の賃金は押さえられ、賃金が上がるのは高い能力を必要とする職業だけとなる。それが中間層の所得分布をますます二極分化し、中抜きとなる可能性はある。これはアメリカの社会を見れば分かることである。