伊藤研卒業生再会(2007/7/1)
青年老いやすく、学成りがたし。東工大化学工学科伊藤四郎研究室を巣立って、すでに32年が経つ。毎年、1月には伊藤研の新年会が開かれるが、あいにくとこの時期は、私には海外出張が入る。結局、この前新年会に出たのはいつのことだったのか。多分、10年は経っているだろう。
伊藤先生も、昨年で米寿を迎えられたという。今回、長きにわたって伊藤研で技官を務められていた、というよりは、伊藤研の事務長であり、研究室の学生達を親代わりに面倒見ていただいた上司ふじ女史(注)の絵画作品を集大成した記念集が出版されたことが切っ掛けとなり、そのお祝いの会が昨日開かれた。めったに皆様とお会いする機会がなかった私には、うれしい知らせであった。
(注)上司さんは国画会会員として、数少ない幾何学的抽象画を描く芸術家である。
伊藤先生と上司さんのお二方共にお元気であり、何よりであった。伊藤先生は、こと研究については厳しい人であり、学生の当時、私は何度もしかられた。それに引き替え、当時の研究室にいた他の学生や諸先輩は優秀な方ばかりであった。
今回出席された方々の多くは、私から見れば先輩ばかりである。多くの方はすでに仕事の一線を離れた、あるいは定年を身近に控えている。時の流れは残酷である。私が研究室に入った当時、助手であった梶内教授は昨年退官された。梶内教授と同様に、当時は助手であった小川教授もあと2年で退官を控えている。一つの時代が終わりを告げようとしている、と言ったら大げさであろうか。
私の同期である飯島さんは、長男が同じ化学工学科の3年生という。彼は、長男が学部を卒業したら就職するのか、あるいは大学院の進むのかという選択で迷っているようであった。彼も私と同様に結婚したのが遅く、長男は37歳の子供であったという。長男が大学院に行くとなると、彼の定年とその後をどうするのか、考えなければならないようであった。もう一人の同期である黒田さんは、現在、化学工学科の教授であり、今や古手の一人に入っている。三人目の同期である岸野さんは、都合で参加できないと聞かされ、残念ながらお会いできなかった。
大学院の学生をしていたあの頃はつい昨日のように思えるが、いつの間にか長い年月が流れてしまった。考えてみれば、皆、団塊の世代の末席にいる。まさに、戦後の経済の高度成長を支えてきた人々が社会の第一線を去ろうとしている。