『クラウド化する世界-ビジネスモデル構築の大転換』 ニコラス・G・カー著 村上彩訳 2008年10月 翔泳社
ビルゲイツがIBMの支配するメインフレームの世界を破壊し、マイクロソフトの支配するPCの世界を作ったのはわずか20年ほど前のことであった。しかし、今やそのマイクロソフトの優位性も大きく揺らぎ始めた。クラウド・コンピューター時代の到来である。個人や企業がそれぞれのコンピューターにソフトウェアをインストールし、それを所有するというビジネスモデルが壊れ始めた。
(注)クラウドは日本語で「雲」を意味し、クラウド・コンピューター時代とは、あたかも雲から何かが降ってくるかのようなイメージで、ネットワーク上にあるサーバのサービスを活用できる時代というような意味。
ITシステムへの投資は小さな企業にとって重荷であり、かつてはこのコストに耐えられるか否かが企業力の差となった。しかし、クラウド・コンピューターの時代になり、もはや企業や個人が大きなシステムを持つ必要も、その保守・維持管理に金を投じる必要もなくなりつつある。インターネットを通して、コンピューティングが電気や水道のようなユーティリティ・サービスに変わりつつある。まさにシステムがサービスの提供という形で安価な汎用品(コモディティ)に姿を変えていく。
この本を書いたカーは、このコンピューターの世界の大きな変化について、19世紀後半に登場した電力会社の勃興と発展の歴史を重ね合わせることで話を進めていく。
電力ユーティリティが存在していなかった時代、工場は自らの手で動力源を所有しなければならなかった。ところが電気がユーティリティ・サービスとして電力会社から購入できるようになり、企業は発電機への投資と維持管理コストから解放され、資本をより生産的な目的に使えるようになった。電力会社は、巨大な発電システムと津々浦々にまで届く送配電網システムを構築し、ユーティリティとしての電気供給を急速に拡大していった。
同じように、今日ではインターネットのためのインフラが潤沢となったことで、様々なITサービスが提供されつつあるし、そのスビードは今後さらに加速していこう。Software
as a service(Saas)が可能となり、ユーティリティ・コンピューティングの時代へと変わっていくのだ。これはまさにグーグルやアマゾンが目指す新しい世界である。
一方、個人もいつの間にかこのクラウドの中に取り込まれていく。かつて、個人はインターネットの中に匿名性を持って隠れることが出来ると信じられていたが、実はその匿名性が危うくなってきている。
一個人がクラウドの中でマウスを一回クリックするごとに、その足跡が残り、その履歴はどこかのサービス会社が所有する巨大なデータセンターに蓄積されていく。誰がどこのウェッブを開き、何を書き込んだかを追跡することも可能になってきている。知らず知らずのうちに、個人の情報が誰かの手に取り込まれていく。ちょっと怖い話でもある。
この文章は、ビジネスネット書店「クリエイジ」の2009年3月30日の書評として掲載したものです。<http://www.creage.ne.jp/>