『月島慕情』 浅田次郎著 20073月 文藝春秋

 

 

「そんな仕事の本ばかり読んでいるから、情緒がなくなるのよ」とは、うちのかみさんの弁である。確かに、私の読む本はノンフィクションが多いし、いわゆるビジネス書に類するものが目立つ。

 

しかし、私とて、たまには小説も手にする。このところのお気に入りの作家は浅田次郎である。この「月島慕情」もつい二か月ほど前に出た新版であり、彼が得意とする幾つかの短編をまとめた作品集になっている。作品一つ一つはそれほど長くないので、通勤電車の片道、あるいは一日の往復で十分読み切ることが出来る。

 

さてその中味は、人間の切なさ、悲しみ、優しさ、そして強さがひしひしと読み手に伝わってくる、彼の言葉でいう「リリシズム」あふれた作品である。同じような切り込み方をした作品に「天切り松 闇がたり」がある。両者とも、話のテンポの良さ、切れ味という点で共通する。

 

冒頭の作品である「月島慕情」は、明治から大正にかけての東京を背景とした吉原の遊女と博徒の恋物語である。江戸の気っ風と人情、そして最後の結末(これは本を読んで下さい)は読者を楽しませてくれる。

 

最後の作品「シューシャインボーイ」は、現代社会を題材としている。このメルマガを読んでいる方々も、身につまされるところが多いかもしれない。リストラが進む銀行で人事担当として大ナタを振るって首切りを実行した中年の銀行員が、そのまま社に残り出世に道を歩むには忍びず、自らも銀行を去り、中小企業の運転手に職を変えるという話である。その結末も、本を読んでからのお楽しみ。

 

ところで浅田さんとは、日本ペンクラブの集まりで数回お会いしたことがある。作家として名を得るまでかなりのご苦労があり、ご本人は自衛隊の歩兵としての経験、一次は裏街道の世界にも足を突っ込んだとおっしゃる。なかなかシャイなところがあり、決して多弁、雄弁という印象は受けないが、作品に現れている歴史への造形、ストーリーの組み立て方のうまさはさすがである。

 

私と同世代(多分、一つしか違わない)であり、1960年代後半から1970年代初めにかけて、多感な青年時代を社会の混乱の中で送っている。私が学生であった当時は、大学は紛争の真っ只中にあり、彼はそのような世界に背を向けて自衛隊に入隊したという。今思えばちょっと懐かしくもあり、切なさも残っている時代背景がお互いに共通しているのかもしれない。

 

皆様も、たまには仕事の本や難しい本から離れて、小説に浸って情緒を養ってみてください。私のように、かみさんからちょっと馬鹿にされないためにも。

 

 

この文章は、ビジネスネット書店「クリエイジ」の2007611日の書評として掲載したものです。<http://www.creage.ne.jp/>

 

 

 

 

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