シンガポール米朝首脳会談の成果 (2018.6.14)
「まったくすばらしい会議だった。大変な進展だ。まったくもって建設的だ。誰もが期待した以上の出来だ。最高だ。まったくいいぞ」とトランプ大統領は首脳会議を終えて興奮気味に語ったものの、現実がこの言葉どおりに進むと思っている人は少ないだろう。
そもそも北朝鮮はこれまで何度も核を放棄すると約束したが、そのつど米国は騙され続けてきた。
1992年、米国が韓国から戦術核兵器を撤去したこともあり、南北朝鮮の間で核放棄の合意がなされた(朝鮮半島の非核化に関する共同宣言)。そして、北朝鮮は国際原子力機関(IAEA)との保障措置協定の調印に応じた。
それから僅か2年後、金日成はIAEA監視員を国外に追放し、核施設から抽出したプルトニウムで6個分の原発を作ると脅かしに出た。そして1994年の米朝枠組み合意の下で、違法な核兵器の作業をやめると約束し、米国は石油と軽水炉を提供するという見返りを提供した。しかし2002年には、北朝鮮が秘密裏に核兵器開発プログラムを進めていることが知れることになり、北朝鮮はIAEA監視員を国外に追放した。2006年に核実験を行い、2009年から2017年までの間にさらに5回の核実験を行った。そして2017年には、米国本土を標的とした大陸間弾道弾の実験にまで到達した。
これまでの北朝鮮は、核放棄を約束し見返りを得たら約束を反故にすることを当たり前のように繰り返してきた。一昨日の米朝首脳の合意でも、北朝鮮は核を完全に放棄すると言っただけで、そのプロセスについては何も触れていない。この点で、過去繰り返された核放棄の約束と違いがあるわけではない。
今回の会談で、金正恩は圧倒的に勝利した。
彼がこれまで国民の支持を得てきたとは到底言い難い。金日成にはカリスマ性があった。金正日には親の七光りがあった。しかし、三代目となるとさすがに先代のご威光はない。中国で使われている隠語「三代目のデブ」と内心思っている国民も多かろう。そのような状況下で、伯父の銃殺を含めて体制内の粛清を進めたことは、彼の焦りとも見える。
そんな彼が、自称核大国として米国大統領と堂々と対で会談し、体制の安定と米韓軍事演習の停止という大きな成果を手にした。彼はこれで国民の硬い支持とカリスマ性が得られたものと考えている(さすが将軍様。立派にやって下さったと思った国民は少なくないだろう)。
問題は米朝合意実行の今後である。合意の内容は具体的な今後のプロセスをまったく示していない。いつまでに核の完全放棄を達成するのか。その検証をどうするのか。その費用はどのくらい掛かり、誰が負担するのか。そして制裁の解除と見返りをどう与えるのか。全てをこれから決めることになる。それらを決めるだけで年単位の時間を要するだろう。一方、北朝鮮は核放棄を段階的に行うと言っており、当然、個別の段階ごとで見返りがあるものと考えている。
米国の中間選挙まであと5ヵ月、そこで共和党が負ければ、トランプ政権の行動は強く制限される。彼の二選がなければ、トランプ政権の余命は僅か2年半を残すだけである。その間に核廃棄の全ての枠組みを決め、実行が完了すると考えるのは余りにも楽観的すぎる。
一方、金正恩は終身今の地位にとどまる。別に焦る必要はない。もし、トランプ政権下で事が進まなければ、元に戻り、一言を発すればよい。「米国は約束を守らなかった。したがって、我々は核とミサイル開発を継続する」と。