『ソーシャルジャスティス——小児精神科医、社会を診る』 内田舞 20234月 文藝新書

 

 

著者は北海道大学医学部を卒業するやいなや米国に渡り、エール大学そしてハーバード大学で研修医として経験を積み、現在、ハーバード大医学部准教授とマサチューセッツ総合病院小児うつ病センター長を兼務する臨床医である。

 

医師である彼女が、社会の差別や分断について、各人がどのようにそれを捉え、どのように対処したら良いかを語る。

 

コロナ禍で多くの人々がパニック状態に陥り、かつ生活に余裕が無くなったことで、社会的な差別や分断に起因する意見の対立が際立つようになった。米国では、トランプという己の偏見をものともせず口にする大統領が現れたことで、一時(いや今でも)、世の中の分断に収拾が付かなくなってしまった。

 

これは別に米国に限った話ではない。日本でもコロナ禍でワクチンを巡るヒステリックな議論がまかり通ったし、政治の世界では議員による少子化対策やLGBT1問題に係わる失言や放言が未だに起きている。

 

ソシアルメディアという匿名性の高い媒体を通して、デマや偽情報が世の中にばら撒かれ、差別や分断が更に増幅される現象は今や当たり前に起きている(いわゆる炎上)。著者は小児精神科の臨床医らしく、極端な意見の対立、そこで起きる感情的な反応への対処法を分かり易く分析、説明してくれる。

 

では差別や分断にどう対処したら良いのだろうか。医療の場からの経験、そして家族との対話とやり取りの中から会得した対処方法は、彼女ならではの切り口である。

 

本の終盤では、日本における伝統的に存在する女性差別について厳しい目を向ける。

 

日本医科大学が入学試験で女性の点数を低く敢えたスキャンダルは記憶に新しい。医者ばかりではない。働く女性を巡る育児のしにくさは未だに大きな社会問題そして政治課題である。先進国と呼ばれる国の中で、日本は女性差別の解消が明らかに遅れている。

 

もし差別を受けたならば、そんなのまっぴら、さっさと逃げてもいいのよ、という処方は彼女らしい。無理して差別に迎合したり、抗ったりするよりも、遙かに合理的な対処である。

 

日本では、医者の世界は未だ圧倒的に男社会である(上述の日本医科大学の入試採点がそれを物語る)。彼女には、日本では女性は医者として生きづらいという強い意識があったことで、北大医学部在学中に米国の医師試験に合格し、米国に移って研修医となった。ハーバード大で今の地位を得るまでには、恐らく並々ならぬ努力と苦労を重ねたことだろう。

 

似たような話をふと思い出した。2021年にノーベル物理学賞を受賞したプリンストン大学上席研究員の眞鍋淑郞氏も同じであった。彼は納得できない慣例と制約に縛られる日本での研究生活に見切りを付け、1975年に日本を捨てて米国国籍を取得した。頭脳流出の典型的な例である。ちなみにノーベル賞受賞の際の記者会見で述べた言葉に、「私はまわりと協調して生きることができない。それが日本に帰りたくない理由の一つです」がある。

 

 

 

            */         レズビアン (Lesbian)、ゲイ (Gay)、バイセクシュアル (Bisexual)、トランスジェンダー (Transgender)の頭文字。

 

 

 

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