『資本開国論』 野口悠紀雄著 20075月 ダイヤモンド社

 

 

景気拡大が「いざなぎ景気」を超えて過去最長を記録しているというが、消費者である個人から見ればその実感がないと思うのは私だけであろうか。一方、社会を見れば、年金記録漏れに端を発した社会保険庁の体たらくは大きな政治問題となり、これが政治と金にまつわるスキャンダルと相まって、結局、7月の参議院選挙で安倍政権は大敗北を喫した。

 

これは、国民が「個人と企業そして政府の論理が明らかに異なるものである」と声を大にするようになって来た証でもある。少なくともこれまでは、多くの国民は喩えおかしいと思っていても、あからさまにそれを非難する事がない、いわゆるサイレントマジョリティにとどまっていた。また、内心では不信感を持ちながらも政府に対する期待もそれなりに持っていたが、それが音を立てて崩れようとしている。

 

小泉政権下で構造改革が進んだように見えるが、実態はそれほど改革されたわけではない。

 

道路公団と郵政は民営化されたというが、根本的な問題は解決していない。むしろ、民営化された(実は政府所有の株式会社となったにすぎない)だけに、外部からは情報が見えなくなり、これまで以上に問題を潜在化させる可能性の方が高い(先の国会で強行採決され成立した「社保庁を非公務員型の日本年金機構へ衣替えする」社保庁改革関連法も同様の問題点をはらんでいる)。

 

少々前置きが長くなったが、こんな意識を持ってこの本を読むと面白い。日本経済の現状について、経済学の基本に立ち返って現状の問題を捉えるというアプローチを取っており、説得力もある。

 

著者の主張は明確である。日本はこれまでのように貿易を中心とした経済構造ではもう立ちゆかなくなっている。明らかに経済と産業構造の改革が必要であるという点に尽きる。

 

今のところ、鉄鋼業界は好景気、自動車業界も利益を上げている。しかし、これらの産業は21世紀の日本を支える産業ではなかろう。鉄鋼はもちろん、自動車すらコモディティとなりつつある。日本の未来を支える産業はもっと付加価値を生み出すものでなくてはならない。日本の人口構成や所得水準を考えれば、生産性を上げることでコスト競争力を確保するという従来型製造業の維持は難しい。他を寄せ付けない競争力と付加価値を持ったIT産業やサービス産業を創出することが必要である。

 

これまでのように資本と経営を日本国内だけに求め、外国資本から日本の企業を守ろうという発想では、このような社会経済的な改革を達成することは出来ない。現在の日本の制度には、明らかに海外からの投資を妨げようとする恣意的な障壁が多すぎる。安穏と組織という御輿に担がれている経営者には心地よいのであろうが、それでは企業価値が最大化されないばかりか、企業の将来すら危うくする。

 

イギリスが経済を立て直し、今や一人当たりGDPで日本を抜き、かつては日本の足下にも及ばなかったアイルランドは日本をはるかに追い越してしまった。これは、彼らが積極的に海外からの資本を呼び込み、付加価値のある新しい産業を作った結果である。(私は、1990年代前半当時、イギリスの一人当たりGDPが日本の六割ほどに過ぎなかったことを今でも覚えている。)

 

著者がもう一つ強調する点は、日本は膨大な対外資産を手にしている半面、それが有効に使われていないことである。日本の対外資産に占める直接投資の比率は一割にも満たず、多くは低リスク、低リターンの債権運用に回っている。このような資産運用構造を見直す必要があることを強調している。対外資産の収益率向上は、経済成長率の引き上げと同じ事である。

 

日本人の感性では、モノを作って所得を得ることが美しい実業であり、投資や金融で利益を得ることを虚業と見る向きも少なくない。しかし、すでに経済の成熟期にあり、未曾有の老齢化社会を迎えつつある日本が貿易立国という構造に執着しても、グローバル経済の中では先が見えている。資本自由化を通して海外から日本への投資を進めることで国内の産業構造を変えるとともに、膨大な対外資産からも利益を得る資産大国へと変わらなければならないということである。

 

この文章は、ビジネスネット書店「クリエイジ」の2007918日の書評として掲載したものです。<http://www.creage.ne.jp/>

 

 

 

 

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