地球温暖化のリスクか、放射線のリスクか (2022/2/3)
昨日、欧州委員会は原子力発電が地球温暖化対策としてエネルギー源の一つになると決定した。欧州連合(EU)は、環境に配慮した経済活動かを認定する基準としてEUタクソノミー(分類)を決めている。この委員会の決定は、その分類の中に原発を追加したことになる(ただし、まだ欧州議会としての決定には至っていない)。
委員会の決定に対して、EU各国の間で意見は大きく分かれる。反対派の筆頭はドイツである。言うまでもなく、福島第一原発事故を受けてドイツは原子力発電の廃止を決めた。その対局にあるのがフランスである。
フランスの原子力政策は国が主導してきた。オラノ(旧アレバ)は世界最大の原子力企業であり、株主はフランス政府である。オラノの経営状況は決して良くない。2000年以降、赤字を続け、しかも市場は冷え込んでいる。確かに、新興国で原子力プロジェクト案件は出ているが、圧倒的にロシア企業が優位に立つ。ロシア企業に対して、日本や欧米企業は価格で太刀打ちできない。
今回の委員会の決定について、私は、規制が厳しいEU市場であれば、価格競争力はあるが安全性で不安のあるロシア製の炉を排除して、フランスが市場を確保できるという政治的な目算があったとものと見ている。事実、EUで原子炉を提供できる企業はフランス以外に存在しない(ドイツのシーメンスは、2001年に原子力部門をフラマトム(旧アレバの前身)に売却している)。
先月の25日付のPower Magazineに面白い記事が出ていた。米国、ドイツ、フランス、英国の原子力に係わる官庁のトップを務めたOBたちが、地球温暖化問題から脚光を浴びる新型炉は安全面でも環境面でもクリーンではない、「ノー」であると声を上げた。
気候変動対策としての原子力について言えば、以下をその理由として挙げている。
l 発電および二酸化炭素対策という点で、再生可能エネルギーよりもコスト高である。
l 投資にあたって、資金調達コストが高く、リスクも高い。その結果、政府補助金や政府保証に頼らざるをえなくなる1/。
l 長期に亘る放射性廃棄物処理問題が解決できておらず、持続可能ではない。
l 原子力に掛かる総コスト、事故時の環境・人的被害に対してそれを補償できる機関は無く、結局、そのコストを公的に負担(要は国民の税金)せざるを得ない。
l 新型炉の開発は、核兵器不拡散のリスクを増大させる。
l ヒューマンエラーや何らかの落ち度で事故が順次発生することに対して脆弱である。発電所が地球温暖化による海面上昇、嵐、洪水などに対して脆弱2/であり、事故が起きれば国際的な経済に影響を及ぼす。
l 最新型あるいは小形モジュラー炉(SMR: Small Modular Reactor)を含めて、未だ実証されていないコンセプトに基づいていることから、炉の技術や安全性に係わる問題が多々ある。
l 気候変動の緩和に求められる時間軸で炉の建設と運転工程を確立し、効率的な産業体制を確立するには、新型炉は余りにも複雑すぎて手に負えない。
l 新型炉の開発と建設に長期の時間が掛かり、さらに多数の炉を建設するためには圧倒的に多額の建設費を要することから、2030年代までに求められる気候変動の緩和に貢献出来るとは考えられない。
そんなわけで、短期的には原子力が二酸化炭素排出の削減に対して有効そうには見えるが、長期的に持続可能な選択肢かどうかは相当議論を呼ぶことになる。言い換えれば、地球温暖化のリスク、放射線のリスク、そして莫大な投資リスクのどれを受け入れるのか、あるいは全てを受け入れるのか、を考えることになる。
1/
日立製作所は、2020年9月、英国ウェールズ地方北部におけるウィルヴァ・ニューウィッド原子力発電所建設計画から撤退した。一番の理由は事業リスクが余りにも高すぎたことにある。
2/
福島第一原発事故が津波によって起きたことは記憶に新しい。日本でいえば、海水を冷却水として使うので、立地は海岸部になる。また、海水を揚げるための所要動力を小さくするために、海面からの高さが低くなるように建設する。