日本の生産性の推移
(2021/10/21)
衆議院選挙が公示され、選挙戦に入った。各党ともに「配分」を強調し、政党によっては、最低賃金の引き上げや消費税率の引き下げを公約に掲げている。
しかし長期的な視野に立てば、経済成長がなければ所得は増えない。パイの大きさが増えないのに給与の引き上げを言ったところで、ゼロサムゲームにしかならない。労働コストが上がった分、雇用を悪化させるだけである。
それは、韓国の文在寅政権が実証してくれた。彼が最低賃金を2018年に16.4%、2019年にさらに10.9%引き上げたことで、一気に失業が拡大した。真っ先に影響を受けたのは、技能を持たない低所得者層である。急激な最低賃金の上昇で、単純労働者の雇用が消えた。そして所得格差は拡大し、個人消費も伸びなかった。
より高い給与を得たいのならば、企業も社員の自らの付加価値を上げるしかない。では失われた30年と言われる1990年からこれまでの間に、日本の生産性はどれだけ上がったのだろうか。IMFのマクロ統計からそれは簡単に求められる。
先進国グループであるG5とお隣の韓国と比較して見よう。人口が異なるので1人あたりGDPで比較する。図1と図2はインフレを調整した実質GDP(2020USD)で示してある。日本のGDPは過去30年間に1.2倍に拡大しただけである。その間、米国は1.5倍、英国は1.4倍、フランスは1.3倍、ドイツは1.4倍、韓国は3.3倍である。
繰り返すが、これらの数字は名目GDPではなく、実質GDPで見ている。マスメディアでは、米国のGDPはこの間2.6倍に拡大し、英独仏のGDPもおよそ2倍になったが、日本は1.1倍に過ぎなかったという記事をよく見にする。しかし、これらの数字は名目値での比較である。
例えば、実質成長率がゼロでも、毎年2%のインフレが30年続けば、名目GDPは1.8倍になる。しかし、物価も1.8倍に上がっているので、豊かさは変わらない。過去30年間、米国のインフレ率は平均して年2%、英国は同2.3%、仏は同1.4%、独は同1.9%であった。一方、日本はこの間△0.2%のデフレであった(いずれもGDPデフレータ)。つまり名目値で比較すると、米英仏独のGDPはインフレで膨らんだ分の下駄を履く。見かけの数字に踊らされると、本質を見失う。
実質と名目の話はこれまでにしよう。日本の生産性の伸びがG5の中で最も低く、韓国と比較すれば圧倒的に低かったことだけは明白な事実である。韓国が急速に付加価値を伸ばした背景には、アジア通貨危機で一大国難を経験し、その後、デジタル化の推進に力を入れたことがある。
日本もこのコロナ禍でICTの重要性を身をもって知り、官民共にデジタルトランスフォーメーション(DX)を叫ぶようになったが、韓国や中国に比べれば周回遅れであることは否めない。
冒頭の話に戻る。ゼロサムゲームで配分を取り合っても、豊かになれるわけではない。生産性を上げて、付加価値を上げない限り真の意味で個人の所得も増えない。
豊かさという点で、購買力平価(PPP)で比較すると日本は韓国にも抜かれたと、よく話題に上る。IMFは2017年の購買力平価を使って計算した結果を統計に載せている。2020年で見ると、日本の1人あたりGDP 4万89ドルに対して、韓国は4万365ドルなので、そのとおりである。
ただし、気をつけなければならない点がある。PPPは経済的な生活感を比較する上で正しい指標である。しかし、国際的なモノやサービスの取引でPPPが使えるわけではない。言うまでもなく、決済は市場の為替レートで行われる。
図1と図3の比較で分かるように、韓国がPPPを使った場合と市場為替レートを使った場合でこれほどの差が出るのは、PPPと市場の為替レートの間に大きな乖離があるためである。日本は両者の乖離は3.2%にすぎないが、韓国は25.4%と極めて大きい(表1参照)。
その理由は、国内だけで取引されるモノやサービスの価格で国際市場に比較して安いものがかなりあるためである。輸入の影響が比較的小さい食費や住居費がこれにあたる。つまり、所得水準は市場為替レートで見れば低いが、生活費が安いので豊かな生活を送ることが出来るという話になる。
したがって、国富という点で経済の大きさ見るならば、市場為替レートでなければならない。