姜尚中著 『悩む力』 20085月 集英社新書

 

 

私が姜尚中という学者を知ったのは、何かの座談会を見ていたときと記憶する。出席者の中にはかなり失礼な発言を彼に向ける者もいたが、非常に冷静に、かつ論理的に対応していたのが印象的であった。

 

彼のモノの考え方やスタイルはまさに70年代初め、ちょうど大学紛争のピークの頃に学生生活を送った世代のそれであり、個人的には面白い人物と思っている。

 

本書はいわゆる随筆に近い。現代の日本人の心に漠然と引っかかっている様々なテーマについて、彼流の解釈を展開する。また、それを夏目漱石とマックス・ウェーバーの思想(というよりも人生観くらいか)を綾織りにして進める点は彼らしい。

 

日本の社会は豊かになった半面、「勝ち組」と「負け組」、あるいは「ワーキングプアー」といった言葉を持ち出すまでもなく、明らかに社会的な格差は拡大し、変化のスピードはますます加速している。多くの人々の生活は日々の変化に追いまくられているように見える。

 

喩え、自分は勝ち組と思っている人でも常に不安感に襲われ、多かれ少なかれ何かの強迫観念に駆られているというのが今の世である。人と人との関係は表面的になり、バサバサしたものになってくる。グローバル化、ITが発展したおかげで、様々な自由が拡大したはずなのに、心に余裕を持てない時代である。

 

問題は、日本が多様性という選択肢の幅を持たないままワンパターンの競争社会を作ったことで、いつのまにか殺伐とした世となり、ここに来て老齢化問題、経済の衰え、財政の赤字と、さらに暗い話が覆い被さってきていることである。特に、今の若い人にとって、明るい将来を描くには、日本の社会的条件があまりにも悪すぎる。

 

教育一つとっても、偏差値の輪切りで、競争を乗り切るための小手先の技術を身につけた人材は育成できても、本当に「賢い」人、「リーダーシップ」のある人を育成する仕組にはなっていない。同様に、企業を見ても、皆同じ発想でしかものを考えることが出来ず、新しい価値観を造り出すことが出来なくなっている。ソニーの凋落とアップルの好業績の対比は良い例であろう。

 

一年もすれば使い捨てになるビジネスモデル、同様に成果という物差しで人も切り捨てられていく。それが今の世といえばそれまでである。皆が同じ方向に向かって走っているものの、個人個人はそれが不安で堪らないと感じている。しかし、そこから抜け出す手だては簡単には思いつかない。

 

著者が「あとがき」で書いているように、今置かれている状況を「人間的な」悩みとして「人間的に」悩み、変えていくことが今の日本に一番必要であろう。

 

最後になるが、彼は韓国籍を持つ在日であることから、韓国の話を所々に入れ込んでいる。このような日本社会と現代日本人の心理状況が韓国においても同じような状況にあるという。まさに文化的な類似性であろう。

 

 

この文章は、ビジネスネット書店「クリエイジ」の20081117日の書評として掲載したものです。<http://www.creage.ne.jp/>

 

 

 

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