時間稼ぎの資本主義:朝日新聞の意見は正しいか? (2017/11/22)

 

 

 昨日の朝日新聞に「(波聞風問) 低成長経済 時間かせぎの資本主義、限界に」という記事が出ていた。要約すれば、次のようなものである。

 

      高成長をめざすほうが志が高く、低成長容認は敗北主義とみなされた。だが最近は低成長やむなしの意見に耳を傾ける人が少なくない。

      いまでは低成長経済は先進国共通のテーマになった。

      低成長受入派の一人であるドイツの社会学者ヴォルフガング・シュトレークが唱えるこのような意見には、共感するところがある。

      先進各国は経済成長を延命させようと時間稼ぎに走っている。それは、(政府が)国民の不平不満を抑え、支持を取り続けるためである。

      現在の時間稼ぎでは、中央銀行は金融緩に乗りだし、市場に多量のお金をばらまいている。そして、日銀は国債や株式を買い支え、市場のした支え役となっている。

      多くの人の実感とかけ離れた株価高騰のニュースが連日報じられている。日銀の政策が成長の物語をまだ続けてくれる、と言わんばかりに。

      バブル崩壊の傷を新しいバブルで癒す方法はもはや限界に来ている。

 

 この記事を書いた原真人氏(編集委員)はあくまでもシュトレーク氏の論を引用しているように見えるが、その裏で原委員が日銀の超金融緩和を暗に非難し、経済成長を否定していることは明らかである。

 

 原委員が書いたこの記事の問題点は、超金融緩和がこのところの株高を引き起こしたと結論づけていること、日銀の金融政策がバブルを狙っていると言っていることにある。少なくとも、日銀の金融緩和策の狙いは景気の浮上であり、株価を上げることが目的ではない(連日の株高は景気の上昇を見越した市場の反応に過ぎない)。

 

 そもそも、日銀の黒田総裁が異次元の金融緩和を続けてきた理由は、過去20年以上に亘って続いたデフレ経済からの脱却である。

 

金融緩和は、市場に資金を多量に流すことで、金を貯め込んで使わない企業や個人を投資や消費に向かわせるための方策である。また、金を使おうとしない企業と個人に金を使わせようという狙いで、年率2%のインフレターゲットを置いた(金を使わずに懐に入れたままにしておくと、年率2%で価値が下がっていきますよ。さあ、貯め込んだお金を使いましょうという気持ちを起こさせることにある)。

 

 どこをどう見ても、日銀が新たなバブルを狙っているなどと言う根拠はどこにもない。現実は、金融緩和が沈み続けた日本の経済を何とか水面に浮上させているに過ぎない。

 

 加えて、先進国で高成長を志向している国などどこにもない。先進国で途上国あるいは中国並みの年率5%6%といった高成長を目指している国があるというのであれば、教えていただきたい(寡聞にして、私はそのような話を知らない)。

 

右のグラフを見れば明らかなように、先進国の経済成長は年率3%に届けば御の字である。だからといって、経済成長は不要というわけではない。国民経済を安定させるために一定の経済成長は必要である。それは、過去20年を超える日本のデフレ経済の下で物価が下がり、企業の売上と利益が縮小し、それが雇用を悪化させたことを見れば分かるだろう。

 

 ギリシアの経済危機に端を発したユーロ圏の経済混乱は後を引いた。2012年、2013年においてもユーロ加盟国の経済成長は軒並み年率1%を下回り、ギリシアの次に破綻すると言われたイタリアはマイナス成長に落ち込んだ。

 

日本も威張れたものではない。2013年は2%に届いたものの、翌年は消費税の値上げで経済成長はドンと落ち込んだ。それ以降は、G7の中ではイタリアと並んで未だにドンケを争っている。現状は、やっとのことでプラス成長を保っているに過ぎない。

 

 経済なんぞ伸びなくてもよいというのは、貧しくとも他に幸せはあるという発想であり、これが朝日新聞(いや、原委員)のご意見である。映画や小説の世界であれば、「貧賤に甘んじて、清く正しく生きていれば幸せが見つかる」も美しかろうが、現実はそうならない。

 

 経済成長が止まれば、確実に失業率が上がる。その割を食うのは若い世代である。

 

左のグラフは日本の経済成長率と失業率の推移を示したものである。リーマンショックで経済が落ち込んだ途端、失業率が跳ね上がった。このところ失業率が低下し続けているのは、年率2%には届かないものの、それでも安定的に経済が成長しているからである。

 

庶民は景気の上向きを実感できないと言うが、少なくとも社会に出る人達が就職に困るという状況がなくなったことは景気が上向いていることの証である。

 

 すでに年金を確定させて残りの人生をどう楽しく過ごそうかと考えている老人であれば、経済成長などどうでもよいと言っていられるのだろうが、これから社会に船出し、人生を設計し、そのために収入を確保しなければならない若者にとっては、とんでもない話である。

 

 少なくとも原委員は、ついこの前まで大学の卒業を控えた学生が血眼になって就職口を探していたこと、そう就職氷河期という言葉を綺麗にお忘れのようである。

 

 

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