『官僚たちの冬』 田中秀明 20192月 小学館新書

 

 

かつての高度経済成長期には優秀な官僚がいたと、彼らを持てはやした時代もあった。城山三郎の「官僚たちの夏」に描かれた官僚像がその典型であろう。

 

ところがバブル崩壊後の日本経済の低迷とともに、官僚の不祥事が続いた。大蔵省ノーパンしゃぶしゃぶ事件に始まり、森友・加計学園問題の財務省による文書改竄、直近では経済産業省職員によるコロナ対策給付金詐欺事件と、話題に事欠かない。もはや官僚は何かに付けて目の敵にされ、叩かれ続けている。

 

しかし、霞が関が抱える問題は官僚だけに起因するわけではない。世の中が大きく変化するなか、政治と行政の関係も変化したからに他ならない。とりわけ第二次安倍政権下で政治主導が強まったことで、官僚は萎縮し、政策の企画立案に力を注ぐのでなく、政府の下請け作業に追われるようになった。

 

かつては一定の年齢に達したら天下り先を用意して退官させ、職員の年齢構成を保つことが出来たが、もはやそんな時代ではない。入省年次に従って人を動かす仕組みでは、人事ポストは不足し、昇級も遅れる。若い官僚のモーチベーションは下がり、優秀な人材は役所に見切りを付け、そそくさと民間に出ていく。学生にも、霞が関よりも、外資系コンサルタントや金融分野の仕事の方が魅力的と映る。

 

本の内容は少々学術っぽい部分もあり、読んでいると力が入ってしまうが、よく纏められている。改革の処方箋もそれなりの筋が通っている。政治と行政は、著者が言うようにコインの裏表である。官僚の人事制度は、米国のように幹部を政治任用で決める国がある一方、英国のように資格任用モデルを採り、官僚の中立性を重視する国もある。また官僚制度が閉鎖型であるか、開放型であるかという違いもある。政治形態と歴史が違えば、おのずとモデルも異なる。

 

これまでのようにキャリア官僚全てがジェネラリストを目指すのでは、個人も組織も、もはや将来の展望が描けない。専門性のないジェネラリストだけでは、刻々と変化し、複雑化していく社会に対応できない。そんな問題に対して、民間企業は既に手を付けている。マネジャーを目指すのか、専門家を目指すのか、そして将来のキャリアパスをどう描くのか、官僚は、いや官僚制度そのものが冬の時代を迎えている。

 

 

 

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