北海道、夏 (2006/07/26

 

富良野、美瑛

 

ほぼ、一年ぶりの富良野でした。

 

昨年の富良野訪問は夏も終わりの9月に入ってからのことで、ラベンダー畑はすでに終わっていました。今年こそはと、7月中旬をねらって訪れてみました。

 

当然、この時期は観光客が殺到する時期です。確かに、近隣の宿の予約はほぼ満杯となっていましたが、そこは北海道、東京近辺で想像するような混雑は全くありません。札幌からの道路も渋滞はなく、日本というよりはアメリカの田舎を思い出します。誤解のないように、田舎という言葉に別に悪い意味はありません。ご存じの方はよくおわかりでしょうが、アメリカの田舎を車で旅すると非常に楽しい。どこまでも広く、美しい景色が広がっています。やはり北海道は広い。

 

お目当てはファーム富田。様々な植生で毛氈のように色を塗り分けた畑は何度見ても感激します。かつて、一度は輸入の安い香水に押され、ラベンダー作りを諦めかけたという時代もあったそうですが、ここまで農場を発展させた富田さんの半生の歴史を知れば、誰でも感動します。

 

さて富良野を後に、美瑛まで車を進めると、一面のジャガイモ畑が白い花を咲かせています。起伏のある畑が地平線にまで続き、その中にポプラの並木がすくっと立ち、さらにその向こうには、沈みつつある夕日が見えます。東京では想像もつかない美しい絵です。

 

ファーム富田のお花畑

富良野

 

函館、江差

 

幕末の歴史も、土佐の龍馬、戊辰戦争、白虎隊あたりまでは、歴史小説で取り上げられる機会も多く、私もそれなりに分かっているつもりでしたが、函館戦争となるとほとんど知識がありませんでした。榎本武揚が幕府の軍艦四隻を持ち逃げして、北海道に蝦夷共和国を作ろうと企てたという話は何となく覚えていましたが、その最後はどうであったのか、かなりあやふやでした。

 

彼らは、新政府から見れば反乱軍でしたが、日本の夜明けのなかで志を達成することなく、倒れた人たちでした。歴史を作ろうとした立派な武人たちでした。もう一つ知ったことは、彼ら反乱軍を支援するために、幕府の下で近代的な軍隊を作るためにフランスから派遣された軍人顧問団の数名が、個人として榎本らの戦いに参加したことでした。

 

五稜郭にあった歴史の説明では、彼らフランスの軍人たちは、ナポレオン三世に手紙を送り、自分たちの行動はあくまで個人の決断であり、私人として反乱軍を助ける旨を伝えたとのことでした。この下りを読んで、少々古い映画ですが「ラストサムライ」を思い出しました。このようなフランスの武人がいた事にも、ちょっと感動した次第です。

 

函館の煉瓦倉庫の夜景。幻想の世界です。

江差の開陽丸展示館。海から引き上げた遺品が展示してあります。

 

北海道犬

 

私は犬好きです。かみさんも犬好きです。とりわけ和犬がよい。

 

和犬は、洋犬のように人に愛敬を振りまくことは得意ではありませんが、そのくせ、そっと飼い主に甘えるところがあります(日本の犬も、日本人も似たような性格をしています)。

 

いきなり犬の話ですが、登別の近く、虎杖浜の公園で、たまたま北海道犬を見つけました。柴犬より少し体は大きいが、耳は心持ち小さい。でも体型は柴と同じです。やはり、典型的な「和犬」です。

 

声をかけてもすぐにしっぽを振るわけでなく、泰然自若、この素っ気なさが私にはたまりません。

 

北海道犬の写真を取り忘れたので、代わりにニセコで会った柴犬。

 

 

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