『新訳 平和の経済的帰結』 ジョン メイナード ケインズ(著) 山形浩生(訳) 20241月 東洋経済新報社

 

 

これは久し振りに購入した山形氏の翻訳本である。彼は経済に係わる本をかなりの数で翻訳しているので、ポールクルーグマンやトーマス・ピケティの著作の訳者として彼をご存じの方も多かろう。また、彼の翻訳文には、口語的を飛び超え、話し言葉口調の表現が多々見られるところに特徴がある。

 

原本が何せ今から一世紀も前に書かれたものなので、翻訳でも、少々冗長で硬い文章になっている。読むのに、少々忍耐がいるかもしれない。

 

作者のケインズは第一次世界大戦後のベルサイユ条約に英国代表団の一員として参加したが、そこでの決定が前世紀のお決まりどおり、敗戦国が二度と立ち直れないように莫大な賠償を課すという内容となったことに失望し、団員を辞任し、この本を書いた。

 

復讐のための莫大な賠償金でドイツを完膚なきまで叩きのめそうとすれば、それはドイツに更なる復讐心をもたらし、再び欧州に戦争という災厄を及ぼす。欧州諸国は経済的に相互依存の関係にあり、ドイツの復興なくして他の国々の復興はない。それを実現するためには、支払可能な賠償金額と国際的な融資(復興資金)の仕組み造りが不可欠であることをこの本で一気に書き上げた。

 

ベルサイユ条約がドイツに過酷な賠償を求めたことで、戦後、ドイツではナショナリズムと全体主義という政治の流れが出来上がった。過酷な戦後賠償がナチスの台頭を引き起こし、ベルサイユ条約の20年後に、ドイツは第二次世界大戦を引き起こした。

 

まさにケインズが予見したとおりでの事態となった。

 

その教訓があったからこそ、第二次世界大戦の戦後処理で、連合国側は米国を中心とするブレトンウッズ体制の確立と世界銀行の設立という形で戦後復興の枠組みを確立した。そのような国際的な合意がなければ、戦禍で荒廃した欧州と日本の戦争からの立ち上がりは容易ではなかった。

 

しかし、山形氏が末尾の解説で書いているように、東南アジア、中国、そしてインドに代表されるような新興国の台頭により、米国を頂点とする西側先進国の経済的な地位は相対的に後退し、米国主導で作り上げた戦後の安全保障の仕組みが機能しなくなりつつある。安全保障理事会の常任理事国であるロシアは、今から85年前のナチスドイツと同様に、武力によるウクライナの国土割譲を今まさに行っている最中である。中国も、武力による台湾侵攻を明言するようになった。

 

しかし、日本を含めた欧米先進国はそのような軍事的な挑戦を抑え込むだけの決定打を欠いている。今や、世界の地政学的な状況は、100年前に戻りつつあるのかもしれない。

 

 

 

 

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