天皇制と憲法議論 (2019/11/17)

 

 

令和の時代へ天皇の代替わりとなり、半年が過ぎた。この10日に即位のパレード「祝賀御列の儀」、そしてこの14日から15日にかけて「大嘗祭の儀」が行われ、私のような庶民の目には、これで祝賀の儀式は終わったように見える。

 

もっとも、主な式典のスケジュールを見ると、来年の4月に「立皇嗣の礼」が予定されているので、これで全てが終わったというわけではない。

 

世間が祝賀ムードに包まれている中で、天皇制と憲法について議論すべきという意見が出ている。

 

いつの間にか話が立ち消えになってしまったが、現在皇位継承権を持つ皇族が3名しかいないことを考えれば、将来、女性天皇を認めるのかという問題はどこかで結論を出さねばならない。

 

また、今回執り行った大嘗祭の儀は宗教色が強いことから、果たして国費で賄うことが是であるのかといった議論も持ち越したままになっている。

 

後者の大嘗祭の儀の費用については、昨年秋、秋篠宮殿下が記者会見の場で「宗教色が強いもので、国費で賄うことが適当かどうか」と述べられ、天皇の私的生活費にあたる「内廷費」から支出されるべきではないかとも述べられたことで議論にはなっていたが、秋篠宮殿下の意見は反映されないまま、今回の大嘗祭の儀は平成の前例に従って実施された。

 

しかし、そろそろ落ちついて議論をすべき時期ではなかろうか。

 

保守派の意見は過去の伝統に強く拘るがが、現在の新憲法の下では、象徴天皇という考えが基礎になっているし、昭和、平成、そして令和の三代にわたる天皇はそれを強く追求してきた。それゆえに、現状の天皇制は多くの国民に支持されている。

 

一方、日本の歴史を遡っていけば、天皇制はその時々の政権によって利用されてきたことも事実である。

 

鎌倉時代以降、江戸時代に至るまでの武士の時代には、一時期を除けば天皇は政治には係わらなかった。

 

それが明治に入り、日本が近代社会を作る中で天皇制が政治に直結したが、それでも政権の実態は薩長を中心とする藩閥政治であった。そして昭和に入り、軍が政治に介入し、戦争に向かっていった。そんな時代の中で天皇は神格化されていったが、半面、天皇が政治を直接動かしたわけでもなかった。

 

突き詰めれば、そんな時代でも天皇制とは国としてのまとまり、日本の文化、そして歴史という点で象徴的な役割を担ってきたとも言えそうである。それが故に、その時々の政権に都合の良いように解釈されてきた。

 

時代が変われば、国民の天皇制に対する見方も変化していく。女性天皇についても、国事としての儀式とその宗教性についても、今の時代に合っているのかという視点で、政治は改めて議論すべきである。

 

 

 

説明: 説明: SY01265_古い出来事」目次に戻る。

 

説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: 説明: door「ホームページ」に戻る。