『大地の咆哮-元上海総領事が見た中国』 杉本信行著 20067 PHP研究所

 

 

元上海総領事、ガンで急逝された杉本信行氏の遺作である。

 

中国に関する著書は今や嫌と言うほど書店に溢れている。ビジネス書であれば、まずは巨大な経済成長力を持つ中国を持て囃すものが多い。中国なくしてビジネスのグローバル化はない、といった主張に終始する。そこには12億人の民を抱える巨大な市場、そして内陸奥地から限りなく湧いて出てくる安価な労働力の2点が強調され、21世紀は中国が日本を抜いてアジア最大の経済大国になるという構図が描かれる。

 

一方、小泉前首相の靖国神社参拝問題が引き金となって起きた2005年の反日デモを契機に、嫌中国感情をぶつけた文化論も結構多い。これは中国人が持つ反日感情の裏返しであろう。

 

いずれの書もそれなりに話題性があって、軽く読むには面白いが、共産主義という社会構造を維持したまま市場経済化を急がなければならなかったという現代史の流れの中で、中国という国を理解することは難しい。

 

本書は、文化大革命による社会混乱、その後の党主導者たちの権力闘争を経て国の近代化に邁進する過程で、様々な政治的矛盾を抱えつつも、経済発展を達成しなければならなかったという事実を踏まえた上で、中国の現状を様々な側面から分析している。

 

現在の中国は、政治的には依然として共産党の独裁体制であり、我々の世界でいう民主主義は存在しない。そこには、強いイデオロギー上の建前と市場経済を受け入れて突き進む経済発展との間に大きな矛盾が横たわる。

 

地方部に住む貧しい農民は未だ貧しいままであり、官僚や都市部の金持ち階級に搾取される。農民だけではない、経済発展が進む中で、党内、軍部内、一般市民にも勝ち組と負け組の二極分化が進む。

 

一見盤石とも見える共産主義体制とは裏腹に、地方政府は中央に対して面従腹背であり、共産党中央政府が国中を掌握できているわけでもない。地方に行けば政府の腐敗は深刻を極める。

 

当然のように、このような矛盾と問題を背景に共産党政府に対する様々な不満が、国内の至る所で膨れ上がってくる。何らかの対策を取らねばならない共産党政府にとって、自らの正統性を維持するためには、対外的な強攻策を取り、国内の不満を外に向けさせることも必要となる。

 

その現れが軍事的な介入を行ってでも独立を認めないという台湾問題への固執であり、愛国教育(その裏返しが反日教育である)の徹底、さらには2003年から05年にかけての反日暴動を黙認した政府の態度である。

 

著者が述べるように、日本にとって中国はやっかいな隣国であるが、日本が引っ越すわけにはいかない。それどころか、国際経済の現状を見れば分かるように、今後も二つの国は相互の依存関係をますます深めていく。中国社会の現状を知った上で、日本がどのように中国と付き合っていくべきかを考える上で、一読することをお勧めする。

 

この文章は、ビジネスネット書店「クリエイジ」の2007115日の書評として掲載したものです。<http://www.creage.ne.jp/>

 

 

 

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