第163回、昨年上半期の直木賞受賞作。大人向きの童話、犬好きの私には堪らない筋立てである。
人の心を理解し、人に寄り添ってくれる。こんな動物は他にはいない。(「老人と犬」より)
東北から九州まで5年を掛けて放浪して行く犬と偶然出会った人々との間に出来上がった付かぬ間の心のふれ合い、それが短編小説をつなぎ合わせたような形で流れていく。
ここに登場する人物は、盗人、壊れかけた夫婦、娼婦、年老いた猟師と、いずれも曰く因縁がある。いずれも決して幸せな人生を送っているわけではない。むしろ失意の中にいる。そんな彼らに、この放浪犬は安らぎを与えてくれる。しかし、彼らが犬と別れる最後(最期)は決してハッピーエンドではない。
仙台、富山、大津、島根、そして熊本へと、この犬が放浪する理由は最終章でわかる。しかし、それはやはり哀しい結末で終わる。
小説の中で犬を擬人化させることなく、人が犬の心を読み取っていく。周りの情景、人々の穏やかならぬ心の動き、そのあたりの描写はこの作家の才能、つまるところ文章力だろう。決して難しい言葉を使うわけではなく、読み手の心を揺り動かしていく。
本を読んで行くうちに、いつの間にか涙腺が緩む。犬を愛する人達に是非ともお勧めする一冊である。