『BAD BLOOD シリコンバレー最大の捏造スキャンダル 全真相』
ジョン・キャリールー(著) 関美和(訳) 櫻井祐子(訳) 2021年2月
集英社
著者のキャリールーは、ウォールストリートジャーナル(WSJ)の記者であった当時、血液検査の器械を開発販売するセラノスという会社の詐欺行為をすっぱ抜いた。この本は、その顛末を纏めたものである。原題は『Bad Blood: Secrets and Lies in a Silicon Valley Startup』。キンドル版の訳本の値段が2090円であるのに対して、英語版は300円と圧倒的にお安い。
セラノスを設立したエリザベス・ホームズという女性は、スタンフォード大学を2年で中退し、2013年に僅か19才で血液検査器械の開発製造を行うベンチャー企業を立ち上げた。様々な投資家やファンドがセラノスに投資し、その総額は最終的に90億ドル(約1兆円)に達した。
彼女には商才があったようで、会社の役員に著名人を並べ、投資家を騙していった。その中には、ジョージ・シュルツ、ジェームズ・マチス、ヘンリー・キッシンジャーといった高名な政治家の名前が並んだ。フォーブスには女性起業家の1人として選ばれ、様々なメディアで若きシリコンバレーの起業家としてその名を轟かせた。当然、彼女に騙された会社がある。ドラッグストアーチェーンのウォルグリーンが事業提携でセラノスに多額の投資を行い、チェーン店に医療室の設置を展開していった。
彼女も当初から詐欺を働くつもりは無かったようであるが、検査器械が完成しないまま、嘘のデータを顧客に渡し続けた。さらに、アメリカ食品医薬品局(FDA)の許認可に際しても不正を行っていた。不正行為に気づいて会社を辞めていった元社員に対しては、セラノスの話を口外したら莫大な損害賠償訴訟を起こすぞと脅し、隠蔽工作を行った。
そのために全米で最も腕こきと言われる弁護士事務所を傭った。このあたりの話は、さすが訴訟社会の米国である。正義とは裁判に勝つことである。金は惜しまない。金のない奴は、訴訟を起こすぞと脅かせばチジミ上がる。
しかし、これだけの詐欺行為である。いつまでも続くわけがない。2016年にWSJが詐欺行為を曝露したことでセラノスの事業は頓挫し、2018年に会社解散に追い込まれる。
勿論それだけで話が済む訳はない。投資家は損害賠償訴訟を起こし、連邦警察(FBI)はサンノゼの連邦裁判所にホームズとバルワニ(ホームズの愛人であり同じく経営者)を刑事告発した。もし刑事裁判が始まれば、両者に対する求刑は22年以下の懲役と275万ドル(約300億円)の罰金となる。
ちなみにこの本に記述はないが、米国司法省のカリフォルニア北部地区の検察室のウェブサイトに、この裁判のアップデートが出ている。2021年6月21日のアップデートによれば、ホームズの裁判は2021年8月31日、バルワニの裁判は2022年1月に始まる/1。
いやはや米国の詐欺事件は日本のそれとはケタが違う。事実は下手な小説よりも遙かに面白い。あっという間に本にのめり込んで読み切ってしまった。
/1 カリフォルニア州連邦地裁は、2022年11月18日、エリザベス・ホームズに対し、投資家に対する詐欺罪などで禁固11年3ヶ月を言い渡した。