『波乱の時代 世界と経済の行方』 アラン・グリーンスパン著 山岡洋一・高遠裕子訳 200711月 日本経済新聞出版社

 

 

言わずと知れた連邦準備制度理事会(FRB)の前議長、アラン・グリーンスパンの回顧録である。上下2巻と少々ボリュームはあるが、その内容は読者を退屈させない。

 

1巻はまさに回顧録そのものである。彼の生いたちに始まり、学生時代、経済アナリスト、政府の経済諮問委員会、FRB議長を退くまでの、様々な出来事が綴られる。とりわけ政治に関わるようになってからの記述では、その時々の議会や政権との葛藤を含めて、かなり辛辣に本音を吐く部分がある。

 

彼の信念は資本主義に基づく自由市場の擁護に立脚する。当然、政治的には共和党を指示する。フォード政権下で大統領経済諮問委員会議長に就任することにより、政治と関わりを持ち始め、1987年にレーガン大統領下でFRB議長に登用された。

 

時の大統領に対する彼の見方はなかなかおもしろい。彼はフォード大統領を非常に賞賛しているが、一般にフォード大統領は誠実ではあったが不器用というイメージがある(私にも、抜きん出た政治家という印象はない)。一方、現在のブッシュ大統領については、FRB議長の時代には強い支持をしていたように見えたが、この本では、その当時は口が裂けても言えなかったであろうことを、かなり大胆に発言している。

 

2巻は、回顧録というよりは、現在世界が抱える様々な問題について、彼の見方を述べたものである。台頭する中国やインド、急旋回するロシア、EU、日本、そして米国の将来、グローバリゼーションと規制、社会の高齢化、医療費保険、所得格差、エネルギー問題、日本にとっても、すべてが重要な課題ばかりである。

 

彼が重視するものは二つ、アダム・スミスがいう「見えざる手」が最も有効に働く自由市場と民主主義(基本的な権利と財産権の保護)であろう。大衆迎合的(ポピュリズム)な財政基盤のない政府支出の拡大や市場を歪める規制を極端に嫌う。

 

所得格差問題は、日本でも政治的な大論点になっている。しかし今の日本では、アメリカでいうリベラリズム的な意見(政府による補償や競争社会の是正)が主流を占め、財政や経済といった観点から議論するという雰囲気にはない。格差の拡大は小泉内閣が進めた改革路線の負の側面が顕在化した結果であるという見方が優勢であろう。

 

しかし、世界の経済がまずますグローバル化するなかで、国の経済の安定化と発展をどう捉えるかというアプローチで格差問題を捉えると、その答えもかなり異なったものとなる。グローバル化とは、ものの付加価値が国境を越えて均一化することである。

 

低いスキルでもできる仕事は途上国の低い賃金に引きずられる(逆に、これまで低い賃金に甘んじていた途上国の労働者が先進国の高い賃金に引き上げられる)。一方、高いスキルを必要とする人材が不足すれば、その人たちの賃金はさらに上昇する。もしその国において、高いスキルを必要とする人材を生み出すことができなければ、所得格差はますます拡大する(単に格差解消に金持ちの足を引っ張っても、問題の解決にはならない)。

 

結局のところ、グローバル化がますます進むなかで先進国が経済成長を続けるには、産業も人材も高い付加価値を追求し続けねばならないというわけである。ちなみに彼は、アメリカの経済を繁栄させ続けるには、さらに国境を開放し、高いスキルを持つ移民を受け入れることであると最後に結んでいる。

 

今の日本人に、このような大胆な割り切りができるのか、大いに疑問があろう。しかしその半面、グローバル経済のなかでの日本の急速な地盤沈下の現状を見ていると、抜本的な改革に踏み切れないまま日本的な情緒論に終始するだけで、果たして日本が生き残っていけるのだろうかという思いもある。

 

 

この文章は、ビジネスネット書店「クリエイジ」の200833日の書評として掲載したものです。<http://www.creage.ne.jp/>

 

 

 

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